新元号が発表され、にわかに沸き立つ日本列島。第1号の「大化」から数えると、なんと248番目だそうです。さまざまなな理由から元号不要論もあるものの、歴史の授業で習ったあの時代から続いてるのか…と思うと、ここで幕を閉じる意思決定をするのは容易でないのかもしれません。
わたしがガーナで暮らしていた頃、年中暑い気候の中生活していると、1月に新年が明けても、なかなか気持ちが切り替わらなかったことを覚えています。その時、「日本は四季があるからこそ、春に種を蒔き、秋に収穫し、冬に備える」という予測や切り替え習慣が根付いているのだと妙に納得しました。
この切り替え力って結構大事だと思うのですが、個人でやるのは意外と簡単ではありません。
とくに根拠はなくても、「次の時代はもっとよくなる」と多くの人が信じれるツールと捉えたら元号の切り替えに勝るものはなかなかないように思います。そういった意味では新元号による新たな時代の到来も悪くないのかもしれません。